歳時記・冬・1
20年以上前に描いた絵を保存したMOの復活方法がありません。
ということで、プリントアウトした絵から始めることになりました。
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20年以上前に描いた絵を保存したMOの復活方法がありません。
ということで、プリントアウトした絵から始めることになりました。
先日、実家に行った時に、若い頃に暇に飽かして作っていた月刊誌の小説新潮やオール読物など、小説を作家別に一冊に纏めた自作製本が棚にあるのを見つけて持って帰ってきた。
画学生時代は、テレビやラジオなど生活の中に無かったので、必然的に本を読む習慣が身についたのが、その後の生活に続いていたと思う。
将来は、挿絵画家も希望していたこともあり、小説の挿絵を集める目的があったので、最盛期は二〜三百冊では収まらないほど、貯まっていたと思う。
持ち帰った本の中の一冊に、梶山俊之著「せどり男爵数奇談」がある。
挿絵は鈴木正さんで、内容とマッチしてことのほか面白く、古書流通の仕組みや、古書収集家から盗書狂に至るまで、若い頃に読み落とした箇所もあり、本の内容が新鮮に頭の中に入ってくる。
こういう時は、近くの病院にいる義母の入院見舞いの、家内の送迎待ちの車の中で繰り返し読んで飽きず、待ち時間も苦にならず、ストレスも貯まらないので良い。
画学生時代から作っていた自作製本は、小説に限らず漫画もある。
先日、愛猫ココのゲージ周りを整理していたら、ゲージと壁の間に隠れていた本棚から、「佐武と市捕物控」「四貫目」「天動説」「フーテン」等々、ごっそり出てきて、断捨離を考えなければならなくなった。
半世紀以上前の漫画雑誌全盛当時、いい年をした男性サラリーマンなどが堂々と電車の中で週刊漫画を夢中になって見ていて、なにかと話題になっていた時代でもあった。
まだ独身だった頃、ビッグコミック創刊号から始まり、白土三平画伯表紙のガロや、大人漫画の漫画サンデーなどに載っていた作品を、作家別に一冊に纏めて作っていた。
現在の家に越してきた当初、手塚治虫、白土三平、さいとうたかお、石森章太郎、赤塚不二夫など大御所の作品を、思い切ってごっそり処分したが、現在残っている自作製本も半端な数ではなく、物置や押し入れなどに分けて置いてある。
職業柄必要だったと言えないこともないが、これら本を開くと、当時の空気や思い出が懐かしく甦ってきて捨てがたく、さりとて残しておくというのも気が重い。