昔、西遊記を読んで、孫悟空が如意棒や金斗雲を手に入れるまでのいきさつや修行(?)があったと覚えています。(曖昧でアバウトですが)
自在にコントロールしているように語られていても、如来や菩薩の管理や苦言、ペナルティーがあってのこと。?・・・後でもう一度読んでみよう。
現代の孫悟空たちは突然、金斗雲や如意棒を目の前に出され手に入れて、自在にこなしている様にスマホや先端機器を操作しているように見えます。
が、使い込んでいるんでしょうか。ひょっとして使われているのか、私には分かりません。
管理する側の菩薩や如来が、万能の機器を取り仕切っているように思えないんですね。
こんな便利塗れでは、胡散臭く思えてしまって《縄文人間》の私には怖くて怖くて。手が出せません。